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ロシアのウクライナ侵略 6 [思うこと]

▼筆者は前々回のブログで、この戦争の新しい側面として、情報通信技術の進化が「新兵器」として現れるとともに、普通の市民が自分の考えや身の回りの状況を発信することを可能としていることを挙げた。もう一つ挙げるべき際立った特徴は、世界の人びと、とくに欧米の指導者たちが、第二次世界大戦の記憶や核兵器の脅威を常に思い浮かべながら、この戦争に対処していることである。

 このロシアによるウクライナの侵略戦争ほど、明らかに国際法に違反し、国際秩序を傷つける行動は珍しいだろう。ロシアを非難し即時撤退を求める国連総会の決議は、141カ国の賛成多数で可決された。(反対は、ロシア、ベラルーシ、シリア、北朝鮮、エリトリアの5カ国のみだった。)
 だが問題は、いかにして戦争の拡大を防ぎながらロシアを撤退させるかである。欧米の指導者の頭には、第二次世界大戦の被害の甚大さとともに、バルカン半島の小さな暗殺事件が、誰も予想しなかった世界を巻き込む大戦争に発展した第一次世界大戦の教訓も、蘇っているに違いない。だから彼らはロシアを強く非難し、経済封鎖を迅速に進めながらも、ロシア軍との戦闘に直接巻き込まれないように、慎重に対応している。
 ウクライナは空爆を避けるために、ウクライナ上空を「飛行禁止区域」に指定するようにNATO諸国に求めた。しかし、「飛行禁止区域」に指定した場合、ロシア機の監視はNATOの役割となり、これによってロシアと戦闘状態に入る事態となることを恐れ、彼らはウクライナの要求を拒否した。
 また米国は、ウクライナへ武器を提供する場合にも、ロシアを刺激しないように慎重に検討し判断しているように見える。ロシアのミサイル攻撃にさらされているウクライナは、自分たちにもミサイルを援助するように求めているが、米国は、ロシア領土内に届くミサイルは供与せず、もっと射程距離の短いものに限って供与すると発表した。
 一方ロシアは、慎重な欧米の指導者とは対照的に、言いたい放題の言動が目立つ。ウクライナへの武器供与は、「予想できない結果を招く」と「警告」し、プーチンは、「進行中の作戦に外部から干渉しようとするなら、電撃的な対抗措置をとる。そのための手段はすべてそろっている」と、軍事支援を進める欧米側を牽制した。

▼核兵器についても、ロシアの指導者たちは言葉の端々で言及することで、欧米を牽制できると踏んでいるらしい。
 プーチンは軍事侵攻を開始した直後に、「現代ロシアは、ソビエトが崩壊したあとも、最強の核保有国の一つだ」と発言し、その発言は世界のニュース番組で大きく取り上げられた。
 外相・ラブロフは4月下旬、「ロシアは核戦争を防ぐためあらゆる努力をしているが、核の脅威を過小評価してはならない(核戦争が起きるかなりのリスクがある)」と発言した。
 こうした発言は、ウクライナが核兵器を保有せず、核兵器でロシアを攻撃したくても出来ないこと、つまり核戦争を起こす力があるのはロシアだけだ、という事実を考えるなら滑稽な倒錯したものというほかないが、彼らはそういうことを自覚の上で行っているのかもしれない。
 むかし国際政治学者・永井陽之助が、「弱者の恫喝」という言葉を使ったことがあるが、欧米側の戦争拡大を恐れる気持ちにつけ込んで凄んで見せるロシアの指導者の発言は、まさに「弱者の恫喝」に当たる。
 英国の国防担当閣外相はロシアの外相の発言について、「ラブロフは15年ほどロシアの外相を務めているが、虚勢がトレードマークだ。現時点で事態がエスカレートする差し迫った脅威はない」と述べた。
 しかしロシア軍は、長引く戦闘で兵力や軍備を消耗させており、ウクライナでの戦争はロシアの思惑通り進んでいない。5月9日のロシアの戦勝記念日までに奪取すると見られていたウクライナの東部地域も、兵力を集中したにもかかわらず、それから1カ月以上経った現在、まだ完全には掌握していない。
 これから先、戦況がいっそうロシア側に不利に展開したとき、ロシア軍が核兵器を使用しないという保証はないのではないか―――。誰もが、まさか侵略をしないだろうと考えていた、その「まさか」を踏み破って侵攻を開始した事実が、欧米の指導者たちの思考に常に影を落としている。

▼6月の初め、フランスのマクロン大統領が新聞インタビューに答えて、「戦争が終わった時に外交的手段を通じて出口が築けるよう、われわれはロシアに屈辱を与えてはならない」と語ったと伝えられた。ウクライナのクレバ外相はこの発言に反発して、ツイッターに次のように書きこんだ。
 「ロシアの屈辱を避けるための呼びかけは、フランスに屈辱をもたらすだけだ。なぜならロシアに屈辱を与えるのはロシアだからだ。私たちは全員、どうすればロシアに自分の立場をわきまえさせられるかに集中すべきだ。それが平和をもたらし、人命を助ける」。

 どのようにこの戦争を終わらせるのか、まだ誰も「解」を見つけていない。もちろんプーチンとゼレンスキーは、明確でゆずれぬ主張を持っている。しかしプーチンの主張は、ウクライナの抵抗と世界の非難によって実現不可能となったし、ゼレンスキーの主張の実現性は、ウクライナの抵抗を持続する力と欧米諸国の支援の大きさによるところが大きい。
 欧米諸国の指導者たちは、ロシアを過度に刺激しないように、おそるおそるウクライナへの武器の支援を行っている。そしてプーチンは、国民の愛国心に訴えて国内基盤を固め、戦争を長期間継続する中に活路を見出そうとしているように見える。
 ロシアの世論は8割がプーチン支持で固まったまま目立った動揺はないようだし、世界経済から締め出したロシア経済の行方も、まだはっきりしない。一時、半値にまで暴落した通貨ルーブルも、ガスや石油などの資源の輸出で回復し、物価上昇率は高いものの、現在のところロシア社会へそれほどの打撃とはなっていない。
 ウクライナの五百万人の国外避難民を抱える周辺国や、ウクライナ国民自身が、どれだけ長期の戦争に耐えられるのか、筆者にはわからないが、長期の戦争を厭わないプーチンとロシア国民に比べ、強いとは言い切れないように思う。さらに筆者の心配は、欧米の指導者の政治的支持基盤がプーチンほど強いものではない、ということに広がる。
 戦争は、ウクライナの善戦・健闘にもかかわらず、戦いの長期化を恐れる欧米と戦いの長期化を恐れない捨て身のプーチンの間で、マクロンの言うような外交的な駆け引きを通じて停戦がなされ、暫定的な決着がつけられる方向に行く可能性が高いのではないか。

(つづく)

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