SSブログ

PERFECT DAYS [映画]

▼映画「PERFECT DAYS」(監督:ヴィム・ヴェンダース)を観た。渋谷区内に点在する公衆トイレの清掃員として働く男・平山(役所広司)の生活を、ドキュメンタリー風に撮った映画である。
 早朝、まだ暗いうちに平山は、古いアパートの一室で目を覚ます。部屋は畳の間で、家具はほとんどなく、きちんと整理されている。平山は手早く布団を畳んで隅に置き、歯を磨き、仕事着に着替えて外に出る。自動販売機で缶コーヒーを買い、仕事道具を積んだ軽ワゴン車に乗り込み、今日はどのテープを聞こうかと少し考える。「朝日のあたる家」をセットし、聞きながら平山の車は首都高で渋谷に向かう。
 公衆トイレに到着すると、車から道具を取り出し、入り口に「清掃中」の掲示板を立て、一生懸命便器の掃除を始める。ときどき掲示を無視してトイレに入り、用を足す人間も現れるが、彼らにとって清掃作業員の存在はほとんど目に入らないらしい。平山も何も言わない。
 何箇所か清掃し、昼は神社の境内のベンチに座り、おにぎりを食べる。境内の樹々の葉のあいだから、木漏れ日が漏れている。平山は揺れる葉影を無言で見つめ、樹々を見上げ、そして古いフィルム式のカメラで写真に撮る。
 午後も何箇所か清掃し、まだ日の高いうちにアパートに戻る。アパートは「東京スカイツリー」が近くに見える墨田区押上にあり、平山は近くの銭湯が開くと同時に客となり、湯船に浸かって手足を伸ばす。
 行きつけの大衆酒場に寄ってビールを飲み、アパートへ帰り、布団に横になって文庫本を読む。眠くなれば枕もとの電灯を消し、満足して一日を終える。

 カメラは次の日もまた次の日も、同じ行動、同じ動作を正確に繰り返す平山を追い、記録する。平山は極めて無口である。他人と喋ったり交わったりする欲求は少しもなく、小さな名もない草花に水をやって大事に育てたり、自分で決めた仕事や日課をきちんと果たすことに満足感を覚える性格なのだ。
 公衆トイレ清掃員の同僚として、かなりいい加減な若者が登場するが、平山の生活が大きく乱されることはない。
 若い娘が母親と衝突して家出し、伯父の平山を頼ってアパートにやって来る。平山は黙ってアパートに泊め、清掃作業の現場に車に乗せて連れていく。平山の生活は、少しも変わらず続いていく。
 ある夜、その娘の母で平山の妹である女性が、娘を迎えに来る。彼女と平山の立ち話から、観客は平山が鎌倉での裕福な生活を捨ててここでアパート暮らしを始めたことを知るが、詳細は説明されない。だが観客は、平山が質素ではあるが納得のいく現在の生活に満足していることを、それまでに知らされているので、鎌倉には戻らないという彼の言葉を、意地や強がりだと受け取りはしない―――。

▼監督のヴィム・ヴェンダースは、小津安二郎の大ファンとして知られている。主人公の名前を「平山」としたのは、小津の「東京物語」で笠智衆の役名「平山周吉」、あるいは「秋刀魚の味」で同じく笠智衆の役名だった「平山周平」にちなんだのだと、インタビューで語っている。(「キネマ旬報」2024年1月号)
 「東京物語」の笠智衆は老妻をなくし、葬儀に集まった娘や息子たちがそれぞれの生活の場に帰っていったあと、通りかかった村人と挨拶を交わす。笠智衆の穏やかな笑顔の内に、ひと仕事を無事に終えたという安堵感と独りになった寂寥感が、ほのかに見える。「秋刀魚の味」の笠智衆は娘を嫁に出し、独りになった寂しさはあるがほっとした思いもあり、複雑な気持ちでいる。
 「……そんな幸福と悲しみの交錯、混交を、笠は素晴らしく美しく表現している。そういうところを『PERFECT DAYS』に翻訳したい」と考えたと、ヴィム・ヴェンダースは語る。
 しかし映画を見た後の筆者の感想は、監督の期待に沿うものではなかったように思う。『PERFECT DAYS』の主人公は、身の回りの小さな自然を愛し、自分の仕事をきちんと果たし、満足して眠りにつく毎日を送っている。それは他人との付き合いやお喋りよりも、納得のいく仕事こだわる「職人」たちの世界に近いように見える。
 しかし「東京物語」の主人公の世界は違う。笠智衆の穏やかな笑顔を見た観客は、それを美しいと思い、自分もああいう風に老いたいものだという感想を抱いたのではないか。そこには期せずして「老い」という人間共通の課題に開かれた、一つの優れた解答があった。
 『PERFECT DAYS』の役所広司の、一日の仕事を終えたあとの穏やかな顔も悪くはない。しかし観客がそこに共感や憧れを見るかと言うと、どうもそこから少し距離があるように思われる。

(小津の「東京物語」について、筆者は以前書いたことがあるので、下記のページを参照してもらえるとありがたい。)

https://tamagawa.sakuraweb.com/biblio10-minnagenki.html#minna

▼このブログは今回、つまり2023年末で丁度600回となった。始めたのは2011年だったように思うが、確かな記憶があるわけではない。現在は週に一度、金曜日にアップロードするのをノルマとしているが、これも当初からそのようにルール化していたかどうか、いつからそのようになったのか、確かではない。
 現在、筆者にとってブログを書くことは、生活のリズムをつくり出す上で、大きな働きをしている。またブログを書くことで、筆者は宿題として抱えてきた課題のいくつかに、回答を出すことができた。
 しかし最近感じるのは、書くことに対する内発的な意欲が薄れ、惰性で文章を作り上げているのではないかということである。週1回、400字詰めの原稿用紙にして7~8枚の文章をまとめることは、十年もやっていればわりあい簡単な作業となり、続けられないわけではない。それに来る2024年は、世界の秩序を大きく変える(可能性のある)イベントが目白押しの年である。
 ウクライナやパレスチナの戦争がどうなるか、世界が注目しているところだが、これに大きな影響を及ぼすロシアの大統領選挙が3月17日に、米国の大統領選挙が11月5日にある。日本への影響という点では、1月13日の台湾の総統選挙や4月10日の韓国の国会議員選挙も見逃せない。(世界の秩序に与える影響は無視できるほどかもしれないが、わが日本の政治でも変化が予想される。)
 したがってブログのネタに困るという心配はなく、筆者は世界の動きを追いかけるべきなのかもしれない。
 しかし筆者はあえてブログを1年間休もうと思う。1年の休暇で筆者のブログを書く意欲が湧き出てくる保証はないが、後期高齢者といわれる歳になっても、やってみなければ分からないことはある。『PERFECT DAYS』の主人公は、決まった生活のリズムを変えることに強い怖れの感情を懐いているようだったが、筆者はあえて生活のリズムを変え、そこに生産的な可能性を見たいと考えている。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 過去のブログ記事は、この「多摩の川風 袂に入れて」でも読めるが、そのうち半分ほどは筆者のホームページで整理した形で公表しているので、下記のURLにアクセスされることをお勧めする。
 「多摩川のほとりから」https://tamagawa.sakuraweb.com/

 


nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

今年も12月になった3|- ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。