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近ごろ思うこと3 [思うこと]

▼中国政府はこの問題を、日本への政治カードに使えると考えたのだろう。日本の原発処理水の海洋放出に断固反対するという主張と放射能汚染の恐ろしさを、メディアを通じて中国社会に浸透させた。
 8月下旬の海洋放出以降、中国政府は一方的で声高な非難を日本に浴びせかけ、日本の水産物の全面的禁輸措置を発表し、中国民衆の放射能に対する不安や恐怖心は一気に高まった。それは日本人学校への投石や日本への嫌がらせ電話など、黙認し、ガスを抜かなければならないほどの高まりだった。
 しかし他方、中国国外に眼を向けるなら、同調する国は広がらず、日本人の嫌中感情を高め、中国という国の特殊性が国際社会で広く認識される結果となっただけである。(日本国内の原発反対運動にとっても、中国の「非科学的」な反発は大きな迷惑だったことだろう。)

 日本人が中国政府の言動に対して感じる疑問ないし戸惑いは、一つは理屈に合わないことを堂々と断言し、相手を非難するその態度であろう。
 この疑問には、わりあい簡単に答えることができる。日本人は議論や論争を、「自分と相手の主張を見比べて、どちらの言い分に理があるかを考えたり、妥協点を見出すためのもの」と理解している。しかし世界には、議論の目的は「自分の身を守り、相手を打ち負かすこと」だと理解している人びともいるのだ。彼らは相手の主張に関係なく、自分の考えを自信満々に発言し、「事実」を突き付けられてもよほどのことがなければ怯まない。それはロシアの政治家の発言を見ていれば、よくわかる。

▼もう一つのより大きな疑問は、中国政府の行動が全体として矛盾し、分裂気味に見えることである。
 米国との緊張関係がこれまでになく高まっている現在、普通の外交センスの持ち主なら誰でも、味方の数を増やすために、あるいは敵対する国の数を減らすために、懸案を抱えている相手でも問題を棚上げにして味方にしようと動くはずである。しかし中国の現在の行動は、そうではない。
 たとえば最近の例で言うなら、今年9月のASEAN首脳会合の直前に、南シナ海の大部分を中国領海とする地図を公表し、ベトナム、フィリピン、マレーシアから抗議を受けたことを挙げることができる。また、日本の主導するTPPに加盟したいと手を挙げつつ、日本の水産物の輸入禁止という「経済的威圧」をし、なおかつ8月から日本への団体旅行を3年半ぶりに解禁したことも、その例に加えることができるだろう。
 安定した国際関係のためには、お互いが予期できる行動をとり、けっして理解不能な突飛な行動をとらないという安心感が欠かせない。しかし中国の既存の秩序を無視するかのような行動と、それを正しいと強弁する発言は、国際関係の不確実性と不安定感を増加させるばかりである。

▼『中国の行動原理』(益尾千佐子 中公新書 2019年)という本を読んだ。中国の対外行動は、外から見ると表面的には支離滅裂に見えるが、中国人の眼には規則性や論理性があるように見えるらしい。中国人の置かれた環境を理解し、中国社会の動き方のパターンや傾向を分析できれば、中国の対外行動を理解し、予測することも可能になるのではないか。――そういう問題意識の下に書かれた意欲的な本である。
 
 益尾は現代中国の世界観の特徴として、強い被害者意識、力の信奉とともに、「中国共産党の組織慣習の影響」の3点を挙げる。3番目の特徴は分かりにくいが、簡単に言えば、「現状に常に不満で、美しく平和な未来は必ず中国共産党が導く」というものである。外部からの脅威が強調され、それは中国が西側の自由主義経済を最大限活用して経済成長し、大国となった現在も変わらない。そして中国共産党の政治へ国民の不満が高まれば高まるほど、それを抑え込むために、外敵の存在を強調する必要が高まる。
 中国が多くの国と異なるのは、こうした世界観が、中国共産党の統治機構を通して日常的に国家の隅々まで届けられる点である。中国のメディアは中共中央宣伝部の完全な統制下にあり、宣伝部は全メディアの人事権を握っている。

▼上に述べたのは、中国人が国際社会に強い不満足感、不安定感を懐いているという傾向についてだが、実は彼らは国内社会についても強い不安定感を感じている。中国の国内秩序は多くの人に安心感を提供せず、彼らは常にサバイバル競争に駆り立てられている、と益尾は見る。益尾はその原因を、家族構造から説明する。
 中国の家族構造では、父親が家族に対して強い権威を持つ。相続では、男兄弟は平等な扱いを受け、長男が家全体の財産を受け継ぐようなことはない。息子たちは結婚後も両親と同居し、家族は父の強い権威の下に、横に大きく広がる共同体となる。
 日本の家族では長男が家を継承できるため、同じ世代の中にも明確な序列がある。兄弟は親が死んだ後も一族として親しい関係を保ち続けることが多い。権威と責任は父親だけに集中するのではなく、各世代の幾人もの人に段階的に分散する。
 日本では、企業組織のどこかに問題が発生すれば、組織を守るために誰もがどんな役割でもこなす。このようなシステムの中では、権威は多くの人に分散し、組織は一丸となって繁栄をめざすから、他者に対しては排他的なグループを形成しやすい。
 中国では夫婦とその子どもたちからなる複数のグループが、大家族として一緒に暮らす。そこでは夫たちの父親一人に絶対的な権威が集中する。こうした家族制度を暗黙の規範として持つ企業組織では、ボスの絶対的な権威の前で、従業員の間の関係は平等に近い。組織の中の身分は、年齢よりもボスのその人物に対する評価で決まる。
 だから従業員同士がボスに命じられた持ち場を越えて助け合うこともほとんどない。それは相手のテリトリーに干渉することであり、ボスに認められた相手の立場や能力を尊重しないことを意味するからだ。「中国の組織は、部下たちが『この人を怒らせると怖い』と感じるようでなければ機能しない。中国の指導者に笑顔や親しみやすさは不要である。」(益尾千佐子)
 日本の組織では横の連携が容易だが、中国では同じレベルの部署同士は上の指示がない限り連絡を取らず、助け合わない。同列の部署同士は、ボスの歓心を買うための対立や競争の関係にある。
 そして、トップの寿命や時どきの考え方によって、潮目が変わるのを、下にいる人びとは常に熱心に読み取ろうとし、どんなことをしてでも潮流に乗ろうとする。日本人が「風見鶏」と見なすような行為が、中国では常識となる。

▼『中国の行動原理』は、中国共産党という絶対的権威の下で、党組織や政府や軍の各部署が党中央の漠然とした指示を自分流に読み取り、他部署と調整を取らず、自己の利益拡大に走った結果が、分裂気味の行動となって現れることを具体的に述べているが、省略する。独裁体制は、統一的で一糸乱れぬ動きをするように見られがちだが、そうではないということだ。
 日本は中国という難しい隣国と、これからもいやでもかかわりを持っていかなければならない。そのために必要なのは、相手に一目置かせるだけの力を常に持ちつつ、国際社会で積極的に発言していくことであるだろう。

(おわり)

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