SSブログ

ロシアのウクライナ侵略 5 [思うこと]

▼「ウクライナ戦争を1日も早く止めるために日本政府は何をするべきか」と題する「声明」が、和田春樹たち14人の大学名誉教授や元教授等の連名で発表された(3月15日)。するとそれに反発する声が、若手研究者たちの中から挙がった。
 新聞記事でそのことを知り、「声明」を読んでみた。「声明」は、軽く読み流す分にはどうということはないのだが、内容を吟味しはじめるといろいろな問題に気付かされる。ウクライナの戦争について考えを整理する材料として適当と思われるので、すこし取り上げてみたい。「声明」の一部を、以下に引用する。

 《われわれはこの戦争をただちに終わらせなければならないと考える。ロシア軍とウクライナ軍は現在地で戦闘行動を停止し、正式に停戦会談を開始しなければならない。戦闘停止を両軍に呼びかけ、停戦交渉を仲介するのは、ロシアのアジア側の隣国、日本、中国、インドがのぞましい。》
 《日本は過去130年間にロシアと4回も深刻な戦争をおこなった国である。最後の戦争では、米英中、ロシアから突き付けられたポツダム宣言を受諾して、降伏し、軍隊を解散し、戦争を放棄した国となった。ロシアに領土の一部を奪われ、1956年以降、ながく4つの島を返してほしいと交渉してきたが、なお日露平和条約を結ぶにいたっていない。だから日本はこのたびの戦争に仲裁者として介入するのにふさわしい存在である。》
 《日本が中国、インドに提案して、ロシアの東と南の隣国として、このたびの戦争を一日も早く終わらせるために、三国が協力して即時停戦を呼びかけ、停戦交渉を助け、速やかに合意にいたるよう仲裁の労をとることができるはずだ。/われわれは日本、中国、インド三国の政府にウクライナ戦争の公正な仲裁者となるように要請する。》

 「日本は過去130年間にロシアと4回も深刻な戦争をおこなった」とあるが、これは日露戦争(1905~1906)、シベリア出兵(1918~1922)、ノモンハン事件(1939)と、第二次世界大戦末期にソ連が中立条約を破って「満洲帝国」に侵攻(1945)した事実を指しているのだろうか。「満洲帝国」への侵攻は、ロシア経済の再建に必要な資産や資器材を奪い、捕虜にした日本軍兵士を労働力としてシベリアに拉致した“火事場泥棒”のようなもので、日本人の被った被害は深刻だったが、「深刻な戦争」には当たらないだろう。
 しかしそのことは別にして、日本がロシアとの間に未解決の領土問題を抱え、いまだに平和条約を結ぶにいたっていないことが、なぜ、「だから日本はこのたびの戦争に仲裁者として介入するのにふさわしい存在である」ことになるのだろうか。
 もめごとの仲裁は一般に、双方に影響力のある、双方が一目置く人物によってなされる。少々仲裁案に不満はあっても、もめごとを終わらせる方がもめごとを続けるよりも総合的に見て利益が大きいと判断し、仲裁に応じるわけだが、これは国際関係でも基本的に変わらない。日本はロシアとウクライナにとって、そのような影響力と信用を持つ国なのだろうか?

▼「停戦」はもちろん望ましい。それは、「戦争よりも平和が望ましい」ということとほとんど同じ意味だ。
 しかし戦争は、自分の意志を受け入れようとしない相手に、それでも受け入れさせようと強要する行為である。つまり戦争は、恨みつらみを晴らすといった感情の満足のために行われるのではなく、明確な政治的意思の下に遂行される「政治的行為」なのだ。
 そうだとするなら、「停戦」の提案を受け入れるかどうかを決めるのも、自分の政治的意思がどの程度充たされ、どの程度充たされないかという判断にかかっているといえるだろう。
 一日でも早い停戦は、一人でも多くの兵士と市民の生命を救うことに繋がることは、確かである。しかし停戦提案が受け入れられるかどうかは、繰り返すが、兵士や市民の生命を超えた「価値」がどれほど実現したかという双方の判断によることを、忘れるべきではない。兵士や市民の生命を、なにものにも換えがたい至高の「価値」だと考えていたなら、ロシアの指導者はウクライナに軍事攻撃を仕掛けなかったであろうし、ウクライナの指導者は国土防衛の戦いなどせず、さっさと両手を挙げたことだろう。

▼和田春樹たちは5月9日に「第二次声明」として、「日本、韓国、そして世界の憂慮する市民は、ウクライナ戦争の即時停戦を呼びかける」という題の文章を発表した。署名者には第一次声明の学者たちに加え、浅田次郎や桐野夏生のような小説家や上野千鶴子や内田樹などもう少し若い世代の学者、元外交官の東郷和彦、世界の紛争地で紛争処理の実務経験を持つ伊勢崎賢治、そして韓国の大学人などが名を連ねている。内容をいくつかのセンテンスにより紹介する。

 《米国をはじめとする支援国グループは競って、大型兵器、新鋭兵器をますます大量にウクライナに送り込んでおり、米国の統合参謀本部議長ミリー将軍はウクライナ戦争は数年つづくだろうと言い始めた。》
 《一部の国々はこの戦争をウクライナの勝利まで、プーチン政府が降伏するまで続けることを願っているようだ。しかし、戦争が続けばつづくほど、ウクライナ人、ロシア人の生命がうばわれ、ウクライナ、ロシアの将来に回復不能な深い傷をあたえることになる。》
 《多くの国がロシアに制裁を加え、ウクライナに武器の援助を増大させ続ければ、戦争がウクライナの外に拡大し、エスカレートし、ヨーロッパと世界の危機を招来する。核戦争の可能性が現実のものになり、制裁の影響はアフリカの最貧国において世界的規模の飢餓を引き起こしかねない。》
 《戦争がおこれば、戦場を限定し、すみやかに停戦させて、停戦交渉を真剣にさせることが平和回復のための鉄則である。われわれはあらためて、ロシア軍とウクライナ軍は現在地で戦闘行動を停止し、真剣に停戦会談を進めるよう呼び掛けたい。》
 《世界中の人々がそれぞれの場で、それぞれの仕方で、それぞれの能力に応じて、「即時停戦を」の声をあげ、行動をおこすべきときである。》

▼「第二次声明」では、「日本、中国、インドの三国の政府にウクライナ戦争の公正な仲裁者となるように要請する」という提案は消え、「中国やインド、南アフリカなどの中立的大国」やアセアン諸国が戦闘停止を呼びかけ、停戦交渉を仲介するよう期待をかける。
 また、ウクライナの戦争の具体的な進行状況を踏まえて、欧米のウクライナへの武器の供与やロシアに対する経済制裁に対する批判的な見方が盛り込まれている。
 なぜ和田たちは批判的なのか? ウクライナに武器の援助を増やせば、戦争はウクライナの外に広がる危険があり、核戦争の可能性も現実のものになりかねないからだという。またロシアへの経済的制裁は、アフリカの最貧国において、世界的規模の飢餓を引き起こしかねないからだという。
 しかしウクライナへの武器の援助は、NATO諸国からの“抑制的”な支援であり、ロシアへの経済制裁は、ウクライナへの侵攻をやめさせるために採られた非軍事的措置である。これらの支援や非軍事的措置へ批判的な視線を向けつつ、「即時停戦」を呼びかける「声明」が、いかなる政治的位置に立つかは明らかだろう。

 小さな発展途上国の政府と反政府勢力が、戦闘を始めたわけではない。核兵器大国で国連の常任理事国を務める国が、隣接する独立国家に、国際法を犯して攻め入ったという事実の重大さを、われわれは幾度も反芻しなければならない。
 「即時停戦」を呼びかけるにしても、それはロシアの行動への非難と一緒になされるべきものではないのか。筆者は、ロシアの侵略行為への非難が一言もないまま、「即時停戦」を呼びかける「声明」を、「欠陥品」と評さざるを得ない。

(つづく)


nice!(0)  コメント(0) 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。