SSブログ

米国社会の分裂1 [思うこと]

▼前回まで3回にわたってNHKの番組「サブカルチャーの時代」の紹介をした。アメリカ映画を取り上げ、そこにアメリカ人の「欲望」がどのように反映されているのかを読み解き、そこから米国社会の変容を読み取ろうという試みで、なかなか意欲的な企画だった。
 その試みがどの程度達成できたのか、米国社会を直接知らない筆者としては、判断を留保せざるを得ないが、それでも米国社会の貧富の格差が広がり、時の経過とともに社会の分裂が深まってきていることについては、納得させられた。それが、2019年公開の映画「ジョーカー」が大ヒットした意味なのだ。
 米国の社会の分裂は、国力の衰えをもたらす。それはアメリカが担ってきた戦後の世界秩序が揺らぐことを意味し、同盟を結んでいる日本にも大きな影響を及ぼす。
 また米国社会の分裂の原因として挙げられる第一は、急激な産業構造の変化によって中産階級が経済的に没落しつつあるという事実だが、それは日本社会の現在、あるいは近い将来と無縁ではないだろう。この問題は大きすぎるテーマではあるが、自分のできる範囲で考えてみる必要がある、と筆者は思った。
 「米国社会の分裂」という現実を誰の眼にも明らかな形で露わにしたのは、ドナルド・トランプがヒラリー・クリントンを破って当選した2016年11月の大統領選挙だった。多くの専門家や報道機関の予測を覆したトランプ大統領の出現は、どのような映画よりも雄弁に「米国社会の分裂」の現実を人々に突き付けた。

▼NHKの番組「サブカルチャーの時代」のなかで、アメリカのある映画批評家は次のように語っていた。
 「……私たちはトランプに対して、道徳的にだけでなく美学的に訴えを起こすこともできる。トランプのようにセンスの悪い人間がお金をこれほど持っていることに、何の意味があるのか。より醜い世界をつくるためなのか。アメリカ資本主義はそのことについて、何も考えていない……」。
 アメリカ国民の半数は、トランプを全面的に批判し嫌悪感を示す。一方、他の半数のアメリカ人は、トランプに期待し、信頼を寄せ、その言動に拍手を送る。
 「トランプ現象」、つまりハチャメチャな言動を繰り返すドナルド・トランプという人間が、なぜ大統領選挙に勝利したのかという問題について、2016年の選挙直後から多くのことが言われ、「ラストベルト」とか「反エスタブリッシュメント」などの言葉が、日本にも伝えられた。また「保守」と「リベラル」のあいだ、共和党と民主党のあいだの「文化的対立」が強まっている現状についても、伝えられた。

「トランプ現象」は、過ぎ去った過去ではない。トランプは2020年の選挙に負けたが、敗北を認めず、次の2024年の大統領選挙に立候補することを表明し、現在もその力を誇示している。また仮にトランプが、今後何らかの理由で力を失うことがあったとしても、「トランプ現象」として現れた「米国社会の分裂」自体は現在進行形の現実であり、このテーマはこれからの米国と世界、日本を考える必須の項目であり続けるだろう。

▼2016年の大統領選挙の1年前、共和党の大統領候補を決める予備選挙でトランプの取材を始めた朝日新聞記者・金成(かなり)隆一は、トランプの集会の熱気や規模に仰天し、それから支持者の取材を個人の休暇などの時間も使って、精力的に行った。彼はその成果を、『ルポ トランプ王国』(2017年2月 岩波新書)と『ルポ トランプ王国2』(2019年9月 同)の2冊にまとめているので、そこからトランプの「支持層」を見ていくことにする。

 2012年の大統領選挙では共和党候補が負けたが、2016年にトランプが勝った州が6州ある。オハイオ、ペンシルベニア、ウィスコンシン、ミシガン、アイオワ、フロリダだが、このうちフロリダを除いた5州には、共通点がある。五大湖周辺の通称「ラストベルト」(Rust Belt、錆びついた工業地帯)と呼ばれるエリアが含まれていることだ。製鉄業や製造業などがかって栄え、“重厚長大”産業の集積地だったが、いまは廃れ、そこで働いていた多くの人びとは職を失った。若者たちは街を出て行き、希望を失った人びとのあいだに薬物が広がり、命を落とす者も多い。
 労働組合員であれば民主党に投票するのが当然とされ、なぜそうなのかを考えることもしなかった人びとにトランプは語りかけ、その言葉は彼らを理解し、希望を与えてくれる候補者だと思われた。人びとの伝統的な投票行動を一変させることで、トランプはラストベルトで勝ち、大統領選に勝利した。
 金成記者が聞いたラストベルトに暮らす人々の声を、いくつか紹介する。

 「ここは元々労働者の街だ。汗を流して働くものは、みんな民主党員だった。民主党は勤労者を世話する政党だった。ところが10~15年前ぐらいからか、民主党は勤労者から集めた金を、ほんとうは働けるのに働こうとしない連中に配る政党に変わっていった。勘定を労働者階級に払わせる政党になっていった」
 「70年代以降、工場の仕事が海外に流出し、収入が下がり、若者が街を去ることが当たり前になった。なんで人件費の安い国々と競わないといけないのか、との疑問は募るばかりだった。仕事があふれ、若者が多く活気にあふれていた時代が、もう戻ってこないことはわかっている。なんでこうなったのかという不満と、この町で生きていけるのかという不安が、この街には強い」
 「トランプはアメリカに雇用をとり戻すと約束した。成功した実業家だから、やれると思う。これまで職業政治家では上手くいかなかったから、次は実業家にやらせてみよう」(――アメリカではビジネスで成功した人は尊敬されるのだ。)

▼トランプは、「庶民が自由貿易と不法移民の問題に苦しんでいるのに、ワシントンの政治家たちは傍観してきた」と、盛んに繰り返した。トランプ支持者には共和党員も元民主党員もいたが、共通するのは「エリート政治家がミドルクラスの暮らしを犠牲にしてきた」という怒りだと、金成記者は感じた。
 クリントンには「エリート」「傲慢」「金に汚い」というイメージが定着し、トランプには「既得権を無視して庶民を代弁できる」という期待が高まった。選挙に自己資金を投じるトランプなら、首都ワシントンの既得権益層に遠慮せず、庶民のための政治が可能だという期待であり、トランプ自身もそれを強調した。
 トランプの演説は、これまでの政権の失敗を批判し、「雇用を海外から取り戻す」と具体策を十分示さず繰り返しているだけだったが、それでも多くの人が惹きつけられた。

(つづく)

nice!(0)  コメント(0) 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。