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『朝日新聞政治部』5 [本の紹介・批評]

▼2014年8月5日、朝日新聞は「慰安婦問題を考える(上)」という記事を、見開き2面を使って特集した。「朝日新聞の慰安婦報道に寄せられた様々な疑問の声に答えるために、私たちはこれまでの報道を点検しました。その結果を皆さまに報告します」というのが、記事の趣旨である。
 具体的には、「朝日新聞に寄せられた疑問の声」を五つの項目に整理し、それに答える形をとっているが、「吉田清治の証言」を「裏付けが得られず虚偽と判断」して関連記事を取り消したほかは、おおむね「朝日」の従来の主張で問題がないとするものだった。「吉田清治の証言」とは、日本の国家権力の末端にいた吉田が、済州島で朝鮮人女性を慰安婦にするために、“奴隷狩り”のような方法で連行したという「証言」だが、秦郁彦の現地調査以来、日本の論壇ではデタラメと見なされてきたしろものである。
 しかしこの特集には、朝日新聞がデタラメを報じた記事を、なぜ20年間批判されながら取り消さなかったのかという点について、何の説明もなく、謝罪の言葉もなかった。
 翌日8月6日の「慰安婦問題を考える(下)」は、「日韓関係はなぜこじれたか」という解説記事に、有識者5人の発言で検証を締めくくっている。

 この2日間の朝日新聞の「検証記事」は、「朝日バッシング」の嵐を引き起こした。とくに「朝日」で連載中の池上彰のコラムがこの問題を取り上げ、「朝日」の対応に疑問を投げかけたところ、掲載を拒否されたという事実が発覚すると、「朝日バッシング」の嵐はいっそう強まった。
 当時の「朝日バッシング」の様子をこのブログでも記録している(2014年10月5日)ので、再掲する。

 《「事件」発生から2か月が経つが、騒ぎはなかなか収まらない。朝日新聞が過去に行った「従軍慰安婦」に関する報道を検証し、吉田清治の「証言」に関する記事を取り消すと発表したのに対し、朝日新聞の誤った報道が日本の名誉を傷つけたという広範な批判、非難の声が上がり、続いているのだ。
 たとえば少し前の9月10日の新聞紙面を見ると、「文藝春秋」10月号の広告が出ているが、塩野七生「朝日新聞の‘告白’を越えて」、櫻井よしこ「朝日誤報を伝えないニュース番組」、平川祐弘「朝日の正義はなぜいつも軽薄なのか」などの見出しが並んでいる。同じ日に発売の「中央公論」を見ると、「朝日慰安婦報道の大罪」の見出しの下に、西岡力の論文「朝日の検証は噴飯ものである」を載せている
 さらに同日発売の「週刊新潮」は、「おごる『朝日』は久しからず」の特集だし、「週刊文春」は「追及キャンペーン第4弾」として「朝日新聞が死んだ日」の大特集を組み、また池上彰「『掲載拒否』で考えたこと」を別立てで載せている。
 他の月刊誌の多くは「朝日」非難の声をさらに高め、週刊誌は週替わりで「朝日」バッシングの記事を競っている。》

▼朝日バッシングの矛先は、慰安婦の「吉田証言」の記事だけでなく、福島第一原発の「吉田調書」の報道にも向かったということだが、筆者はあまりその記憶がない。それは筆者の関心が「慰安婦」の方にのみ向かっていて、原発事故の方になかったからかもしれない。今回、良い機会だと思い、福島第一原発の事故の記録を遅まきながら読んでみた。
 読んだのは、『死の淵を見た男――吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日――』(門田隆将 2012年12月 PHP)、『「吉田調書」を読み解く』(門田隆将 2014年11月 PHP)、『メルトダウン・カウントダウン』上・下(船橋洋一 2012年12月 文藝春秋)、『フクシマ戦記』上・下(船橋洋一 2021年2月 文藝春秋)。「朝日バッシング」問題に直接触れているのは、門田隆将の『「吉田調書」を読み解く』である。
 門田は生前の吉田昌郎に長時間のインタビューをし、その部下たち約90名にも取材して、『死の淵を見た男』を書いた。福島第一原発事故の際の男たちの闘いを「ノンフィクション」にまとめた門田にとって、朝日新聞の「所長命令に違反 原発撤退」というスクープ記事は、必死に闘った現場の人びとを貶める許しがたいものだった。
 門田は自分のブログに、5千字ほどの批判の文章を載せた。批判文は反響を呼び、ブログを読んだ「週刊ポスト」編集部から記事の執筆を依頼され、また写真誌「FLASH」には、彼がインタビューに答えた記事が載った。
 門田の批判は、朝日の記事は事実を捻じ曲げており、「反原発」、「再稼働阻止」という社の方針にあわせて都合の良い部分のみを取り上げ、真実とはかけ離れたことを真実であるかのように報道している、というところにあった。朝日の報道によって世界中のメディアが、「日本人も現場から逃げていた」と報じた。最後まで1Fに残って原子炉の崩壊と闘った人びとを、「フクシマ・フィフティーズ」と呼んで評価していた海外メディアも、今では「所長命令に違反して所員が逃げてしまった結果に過ぎない」と、評価を変えた。事実と異なる報道によって日本人を貶めるという点において、図式は「慰安婦報道」とまったく同じではないか―――。

▼6月の上旬、「週刊ポスト」と「FLASH」が発売されると、朝日新聞はすぐに週刊誌の編集部宛てに「抗議書」を送り、訂正と謝罪を求めた。「抗議書」の最後には、「誠実な対応をとらない場合は、法的措置をとることも検討します」という文言が付けられていた。
 8月18日、産経新聞が「吉田調書」を入手してスクープ記事を掲載した。「朝日」の「所長命令に違反して撤退」の記事を、全面的に批判する内容だった。
 8月30日、読売新聞が入手した「吉田調書」に基づき、「朝日」の記事を批判する報道を展開し、31日には共同通信の配信を受けて、毎日新聞や地方紙などほぼ全国の新聞に「吉田調書」問題が掲載された。いずれも「命令違反で撤退」という事実はない、という内容だった。

 朝日新聞は9月11日、木村伊量社長が記者会見を開き、「吉田調書」に関する記事を取り消し、読者と東京電力の関係者に謝罪した。また、「慰安婦問題」に関わる「吉田清治証言」を虚偽と判断し、関連記事を取り消すまでに20年もかかったことを謝罪した。
 筆者は、デタラメな「吉田清治証言」記事を20年以上放置してきたことや、池上彰のコラムの掲載拒否問題、「吉田調書」の「所長命令に違反して撤退」の記事の問題が、3点セットで「バッシング」の対象とされていることは知っていた。だが糾弾のメインは、問題の大きさから言って当然「慰安婦」関連の記事であると思っていた。
 木村社長の謝罪会見の主たる対象が「吉田調書」の記事であり、「慰安婦」関連記事は従たる問題とされたことに違和感があった。

(つづく)

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