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なぜ君は総理大臣になれないのか 3 [映画]

▼前回、日本の政治における与野党の政策が似かよってきており、そこに自民党政府に挑む立憲民主党のひとつの困難がある、と述べた。政策が似かよってきていることは、国民の間に眼の色変えて争うべき争点があまりないことを意味し、国民の統合に大きなエネルギーを使わなければならない国々から見れば、これほど幸せなことはないということになるだろう。しかし争うべき争点があまりないというのは、本当なのだろうか。
 『本当に君は総理大臣になれないのか』(小川淳也・中原一歩共著 2021年 講談社現代新書)という本がある。インタビューに小川淳也が答える形で、どのような政策を実現させたいと考えているかを説明し、ノンフィクション作家の中原一歩が、“政治家にならざるを得なかった”小川の半生を記述している。ドキュメンタリー映画「なぜ君は総理大臣になれないのか」が話題になったあと、二匹目のどじょうを狙って短時間で作られたお手軽本だが、小川という人間とその政策を知る上で便利である。

▼小川は、日本の人口の推移を表わす図を示す。明治維新のとき3330万人だった人口は、終戦時(1945年)7199万人となり、2008年にピークの1億2808万人となった。その後減少に転じ、2030年には1億1913万人、2050年には1億192万人、そして2100年には5972万人と推計される(中位推計)。
 小川はもう一つ、日本人の年齢構成の変化を表わす図を示す。1955年のピラミッド型の年齢構成がやがて2010年の提灯型となり、2055年の逆ピラミッド型へと変わる。2055年では、10人のうち4人近くが65歳以上の高齢者である。
 人口が減るだけでも大問題なのに、年齢構成が大変化するのである。ピラミッド型の時代を前提に設計された日本の社会保障制度が、逆ピラミッド型の超高齢化社会を支えられなくなるのは自明である。そこで「持続可能な社会保障制度」を再構築するために、小川は二つのポイントを考える。
 第一に、意欲のある人が「生涯現役」で働けるように、雇用制度、雇用環境を抜本的に改革すること。第二に、社会保障の無償化やベーシックインカムの導入を実現し、そのために消費税を長期的に25%まで引き上げること。つまり働く意欲のある国民には働ける条件を十分に整え、長く現役で働いてもらい、現役を離れて本当に年金を必要とする人々には、現在よりもずっと増額した年金を支給することで、超高齢化社会に対応しようというイメージである。
 「生涯現役」で働けるために、雇用制度や雇用環境はどのように改革されねばならないのか。「年功賃金から能力別賃金への移行」、「多様な雇用形態と雇用の流動化促進」、「退職金優遇税制の段階的廃止」等々、小川が検討し結論に至った項目が並んでいる。それは、「終身雇用」や「年功序列」、「新卒一括採用」などを特色とした日本的雇用の抜本的改変にほかならず、正規雇用、非正規雇用の格差の問題なども、雇用全体の流動化を高める中でおのずと解決される、と考えられている。

▼もうひとつ、日本が国としての価値、国民としての価値を高めることが、人口減少が進む日本の生き残る道として重要だという視点から、政策が考えられている。「移民の受け入れ」について、ヨーロッパでの排斥運動などもあり、手放しで歓迎するとは言わないが、「日本の持続可能性」を考えると、「日本の魅力を高め、有為な外国人の方々に日本での生活を選択してもらい、彼らと共存共栄を図る以外に日本が生き残る道はない」と、小川は考える。

 小川はさらに、環境税の引き上げを財源とする再生可能エネルギーの導入促進や、核融合エネルギーの利活用の研究開発、蓄電池など次世代のインフラ整備の重要性などを政策に掲げているが、説明は不要であろう。要するに、環境の有限性を考えずに活動できた時代の観念と仕組みを大きく変えなければ、地球環境を維持できないという考えである。

▼人口も経済も右肩上がりで成長していく時代に形成された社会制度は、抜本的に変革しなければ、社会の持続が困難な時代に至っているという考え方自体は、わりあい多くの賛同を得られるのではないかと思われる。また、経済活動は地球環境の有限性を考慮したものにするべきだという主張も、すでに常識として広く流通していると言えるだろう。
 しかしこうした「総論」を「各論」に落とし込み、現実に進めようとするときに、どれほどの抵抗に直面するかは、想像もできない。「定年までの継続雇用」や「年功序列」型の賃金体系、退職時に支給される退職金などの制度を変えると言えば、立憲民主党の支持母体である「連合」だけでなく、多くの勤労者を敵に回すであろう。「しっかりした失業給付や新産業への移転支援など、十分なセーフティーネットの構築とセットで」と、いくら前提条件を強調したところで、「企業が採用、解雇を自由にできるように規制緩和する」という主張が、勤労者や労働組合に受け入れられる状況は想像するのが難しい。
 だが、IT技術があらゆる分野で欠かせないものとなり、IT技術を持つ優れた人材や能力のある外国人を受け入れ、活躍してもらう上で、従来の日本的経営組織が桎梏になることは明らかである。だから流動性の高い産業社会を目指して社会を変えていくことは、方向性としてけっして間違いではない。
 政治はゴールの姿を描くことではなく、そこへ至る道を具体的に丁寧に描き出すことが仕事である。小川の超過激な「雇用改革」を、どのように社会に訴えていくのか、どのようにして現役の勤労者の賛同を得ていくのか、聞かせてもらいたいと思う。

 日本の置かれた状況の深刻さは、筆者のような団塊の世代にはいまひとつ理解が難しいのかもしれない。団塊の世代の生活感覚では、時間が経つにつれて世の中は基本的に豊かになるのであって、現在停滞しているとしてもいずれ回復するだろうと、無意識のうちに考えがちだ。
 しかしバブルのはじけた90年代に社会に出た小川の世代にとっては、時間が経つにしたがって人は減り、シャッターを下ろした空き店舗が増え、街から活気が失われ、貧しさが身近に迫る光景が、肌にしみ込んでいるのだろう。小川の切実な危機感を、筆者は理解する必要があるのだと思う。

▼小川の本では何も触れていないが、外交・安全保障政策や経済・財政政策といった日々の国家運営に欠かせない問題に、小川はどのように対応していくのだろうか。
 前回のブログで筆者は、アベノミクスの9年間について、日本経済の地盤沈下が進み、日本と日本人が貧しくなった9年間だった、と評した。小川の長期的視野に立つ政策構想は、アベノミクスが手を付けられなかった経済分野のイノベーションに、いかなる具体的提案をできるのか、安倍外交にどのような批判や提案ができるのか。
 政治家は日本国の明日の進路を示すとともに、国民が今日を安全に暮らし、十分な食事にありつけるように考えねばならない。小川の考える長期的視野に立つ政策構想が、日本の外交・安全保障や経済・財政政策といった日々の政治課題とどのように関わるのか明瞭でないが、説得力ある批判や提案により小川が共感を得て、信用を高めていくことが、彼の政策構想実現の早道だと思われる。

(おわり)

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