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「南京事件」を考える 1 [歴史]

▼前回、オスマン・トルコ帝国時代に起きた「アルメニア人虐殺」について、トルコ政府は「歴史認識」を改め、「ジェノサイド」を認めるように求めるドイツ連邦議会の決議への違和感を述べた。なぜ100年前の「歴史」に属する事件を、直接の関係者でも関係者の子孫でもない者が「政治」の場に持ち出すのか理解できない、それは「政治の劣化」ではないのか、という疑問を述べた。
 しかし「政治の道徳化」あるいは「道徳の政治化」とも評すべき動きは、わかりやすい正義の実現を求める大衆の心性を背景に、世界各地でいっそう加速されそうな勢いである。秦郁彦は、「21世紀は歴史観の争いになるのではないかと予想している」という。

 《………サミュエル・ハンチントンが二十一世紀は文明間の争いになると予言しています。………ハンチントンの説はともかく、私はこの21世紀はとりあえず歴史観の争いになるのではないかと予想しています。歴史観で争うのは、血を流して殺し合うよりはいいという考え方もあろうかと思いますが、そう単純なものではない。歴史観の争いは決め手がないので、結局は権謀術数、お互いに足を引っ張り合ってとめどもない複雑な政治的論争になる。その時に、損をするのは良心的な人、気の弱い人で、人を国に置き換えても同じことが言える。政治のリーダーがしっかりしていない国はどうしても分が悪いのです。》(『現代史の対決』秦郁彦 2003年)

 秦の発言は「南京事件」に関する講演(2000年)でマクラとして述べられたものであるから、そのことを念頭に置く必要があるが、その後の国際政治の動きを見ると、気のきいたアフォリズムとして聞き流すことも難しい。日韓、日中の政治対立の半ば以上は、領土問題という古典的な利害の争いではなく、歴史観、歴史認識の対立という形を取って現れているからだ。
 筆者はこのような傾向を、「政治の劣化」として愚かしい唾棄すべきことと考え、歴史は歴史の領域に置くべきだと強く思うが、そう主張する以上、歴史は歴史として可能な限り事実を究明する必要があるだろう。
 「南京事件」については日本国内で、歴史の考証を専門とする学者だけでなく、民間の研究者の研究、南京攻略に関わった元軍人や兵士の証言、まったくのシロウトの野次馬的発言まで、山のような文献がある。南京で大量の虐殺が行われたという説から南京虐殺は「まぼろし」だという説まで、主張が対立し互いに内輪で盛り上がっている構図は、「従軍慰安婦」問題とも似かよっている。
 筆者は新たな見解を述べる新資料も力もあるわけではないが、過去になされた発言を整理し、どこで、どのようにして、歴史の事実認定が分かれるのかを見てみたいと思う。

▼「南京事件」について語るためには、事件に至るアウトラインを押さえておく必要がある。関係事項を年表風に記せば、次のようになる。

 昭和12年7月、盧溝橋事件。北京郊外の盧溝橋付近で日本の駐屯軍と中国軍が衝突。日本は戦火の拡大を恐れつつ、「一撃を与えれば中国側は折れ、有利な停戦に持ち込める」という主戦論に引きずられ、陸軍の増派を決定。
 8月に上海で海軍陸戦隊と中国軍が交戦。中国国民政府は「自衛戦争」を宣言し、日本は「……支那軍の暴戻を膺懲し以て南京政府の反省を促す為、今や断固たる措置をとるの已むなきに至れり。……然れども帝国の庶幾する所は日支の提携にあり……固より亳末も領土的意図を有するものにあらず……」という政府声明(8月15日)を出した。
 11月、上海派遣軍の杭州湾上陸によりようやく上海を占領する一方、日本はドイツの駐中国大使トラウトマンを通じて、蒋介石との和平工作を進めた。参謀本部は上海派遣軍に上海付近に留まることを命じたが、派遣軍(第十軍)は「全力をもって独断南京追撃を敢行す」と決めた。南京は上海から400キロ揚子江の上流にあり、1927年(昭和2年)から国民政府の首都となっている。派遣軍は南京に向けて進軍し、蘇州、無錫、句容など周辺都市をつぎつぎに占領する。
 12月1日、大本営は南京攻略を命令。
 12月7日、蒋介石夫妻、南京を脱出して漢口へ移る。
 12月8日、南京市長ら南京を脱出。
 12月8日、南京衛戍司令官・唐生智将軍宛の降伏勧告
 12月10日、南京総攻撃開始
 12月13日、南京陥落
 12月16日、難民区掃討
 12月17日、南京入城式
 12月18日、慰霊祭
昭和13年1月16日 近衛首相「蒋介石を相手にせず」の声明

(つづく)

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