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ウクライナ戦争に思う1 [思うこと]

▼「将軍たちはいつも、一つ前の戦争に勝とうと全力で準備している」という警句を、何度か目にしたことがある。誰の言葉なのか、チャーチルとか、ロイドジョージとかの名前が上がっているようだが、引用者たちは明記していなかったので、筆者はいまだに確かなことは知らない。
 だが言葉の意味は明瞭だ。戦争技術の進歩は日進月歩であり、戦争の形も大きく変わってきているのに、将軍たちの頭の中だけは変わらず、「一つ前の戦争」のイメージしかないという意味だろう。

 ウクライナ戦争は奇妙な戦争である。それが奇妙である理由のひとつは、筆者はこのブログで触れたことがあるが、西側の指導者たちが、この戦争が第二次世界大戦のように世界に拡がることを極度に恐れ、細心の注意を払うところから来ている。第三次世界大戦が起これば、それは核兵器を使用しての世界戦争であり、それは何があっても避けなければならない。
 また西側の指導者たちの頭には、「一つ前の戦争」である第二次世界大戦の記憶ばかりか、1世紀以上前の第一次世界大戦の教訓も蘇っていたはずだ。バルカン半島で発生した暗殺事件が、誰も予期せぬ形で燃え拡がり、ヨーロッパ世界とその植民地を巻き込んで4年以上続き、1千万人近い戦死者を出した歴史の記憶が、彼らを慎重にさせた。
 だから彼らはウクライナに攻め込んだロシアを非難し、経済的に締め付ける一方で、戦争が拡大しないように、拡大の口実をロシアに与えないように、ウクライナの求める援助についても慎重に中身を検討し、抑制的に(恐る恐る)対応してきたといえる。
 一方ロシアの指導者たちは、西側の指導者たちの心配や慎重さを奇貨とし、また核戦争を恐れる気持ちに突け込んで、自分たちは核兵器を保有しており、必要とされる事態となればそれを使用する決意があることを、ことあるごとにアピールしてきた。
 このような思惑の微妙な差異や心理的駆け引きの結果、ロシア軍はウクライナを首都キーウも含めて攻撃できるが、ウクライナ軍はロシア領を攻撃しない、いわんやモスクワを攻撃してはならないとする暗黙の「約束事」が出来上がっているように見える。
 関係諸国の指導者の間のこの奇妙な暗黙の「約束事」は、ウクライナの領土の侵略戦争を現に行っているプーチンが、ロシアの行動は「祖国防衛」のための「特別軍事作戦」だと言い張る奇妙さとともに、この戦争の特徴を形成している。

▼ウクライナ戦争の奇妙さの二つ目には、新しさと古さが混在している点が挙げられるだろう。新しさとは、なによりも通信技術の革命的な発展である。
 ウクライナはロシアの侵攻を受けて、すぐにイーロン・マスクに連絡を取り、彼の援助で人工衛星通信システム(スターリンク)を利用できるようになった。これによってウクライナ国内での通信連絡が、ロシアの妨害を受けずにできるだけでなく、「ジャベリン」などの兵器を活用してロシアの戦車や装甲車両を攻撃することも可能になった。
 ドローンや無人機が新しい武器として戦争に初めて登場しているが、これらも通信技術の発展と無縁ではない。
 通信技術の革命的な発展はまた、一般の人びとがこの技術を活用して戦争に直接関わることを可能にした。
 30年前の湾岸戦争のときも、一般の人びとがTVの前で戦争をまるでTVゲームのように観戦することが話題になったが、当時と現在では情報量がまるで違う。当時世界の人びとが観ていたのは、CNNの従軍カメラマンが撮ったオフィシャルな映像だったが、現在はウクライナ、ロシア両政府のマスメディアに対する公式発表以外に、インターネット上に膨大な情報が飛び交っている。一般の人びとがスマホで撮り、ネットにアップロードした映像も多い。
 ウクライナの政治指導者もロシアの指導者も(プーチンはSNSをやらないらしいが)ネットを通じて声明を公表し、世界に直接働きかけている。
 それだけではない。現場で撮られた写真や動画がアップされ、それがどこで撮られたものかをグーグルマップを使って割り出すことで、戦争全体の状況が一目瞭然となっているらしい。

▼ウクライナ戦争の「古さ」の第一は、戦争のそもそもの性格が、プーチンの領土拡大欲求によって始められた「古典的な侵略戦争」だということである。プーチンの頭の中ではウクライナはロシアの属国であり、歴史的にそうあるべきであり、その関係をより明瞭にすることで、ソ連の崩壊以来貶められてきたロシアを、再び偉大な国として復活させることができると考えたのだろう。
 古さの第二は、E・ルトワックが指摘していることだが、ウクライナ戦争は形態としては「18世紀の戦争」に似ている、という点である。
 第一次世界大戦も第二次世界大戦も「総力戦」であり、敵対する国家同士は戦場で武器を手に戦うだけでなく、相手の息の根を止めるために、国家の総力を挙げてあらゆる手段を行使した。しかしウクライナ戦争では、互いに自制して20世紀型の「総力戦」に陥ることを避けようとしているように見える。
 ロシアの天然ガスは、ウクライナの国土を通るパイプを通じてドイツやイタリアに送られるが、それは従前通り行われているし、ウクライナの港から穀物を船に積んで輸出することも、ロシアが嫌がらせをしつつも一応継続されている。
 ロシアは米国やNATO諸国がウクライナに武器を供与することを強く非難するが、ウクライナへの輸送の途中でそれを阻止しようとしたりはしない。つまり、戦争の様相は「限定的な紛争」にとどまっているのであり、それは18世紀のヨーロッパに見られた戦争の形だ、というわけである。
 ルトワックはさらに続けて言う。「問題なのは、18世紀型の戦争は長期にわたって続きがちなことだ」。(産経新聞2023/5/17)

(つづく)

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