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米国社会の分裂2 [思うこと]

▼米国の子どもが親よりも豊かになれるかどうかを、生年別に示したグラフがある。それによると、1940年に生まれた子供は9割以上が親よりも豊かになれた。1950年生まれは8割が親よりも豊かになった。しかしこの率は年々低下し、1980年生まれでは5割になってしまった。
 膨大な税金データを基にこの調査を行ったスタンフォード大のチェティ教授は、子どもが親よりも豊かになる「アメリカン・ドリーム」をとり戻すには「成長」が必要だが、その場合、格差のない「成長」でなければならないと強調しているという。しかし現実のアメリカ社会では、格差拡大が進行している。
 アメリカ社会の格差の変遷を調べたトマ・ピケティによれば、20世紀初頭、米国の上位10%の所得が国民全体の所得に占める割合は40~50%だった。所得格差はその後少しずつ縮小し、40年代半ばから50年代にかけて集中度は35%まで縮まり、その状態は70年代末まで続いた。しかし80年代に入るとまた拡大基調に転じ、21世紀に入り、ふたたび20世紀初頭の格差の時代に戻ってしまったという。
 こうした社会の経済格差拡大の背景には、産業構造の変化がある。戦後の世界で、アメリカの製造業の力はあらゆる分野で圧倒的であり、50年代の職長級の工場労働者は4~5人の家族を養い、子どもを大学に入れるのに十分な所得を得ていた。
 しかしやがて製造業は海外との競争に負けて衰退し、廃業したり外国に移転したりする時代となる。産業構造が変わると、学歴差が賃金の差として露骨に現われるようになった。
 マサチューセッツ工科大学のオーター教授の研究では、1980年から2012年にかけて大卒男子の給料は実質20-56%上昇しているのに対し、高卒男子は11%の低下、高校中退なら22%も低下している。低学歴者は賃金が低下するだけでなく、就業率も低い。
 教授は賃金下降の原因として、次の3点を挙げている。
第一に、コンピュータの活用によって単純労働の置き換えが進んでいること、第二に、経済活動のグローバル化、とくに中国の製造業の影響で米国の製造業が衰退したこと、第三に、労働組合の組織率が低下し、交渉力が衰退したこと―――。
 原因がどこにあるかはともかくとして、米国の製造業などの現場労働にたずさわってきた者の賃金が低下する一方、金融業など知識・情報に関わる者の賃金は伸び続けている。米国の富裕層と低所得層がそれぞれ拡大し、中間層が縮小する傾向が続いている。(以上の経済分析については、『破綻するアメリカ』会田弘継 2017年 岩波書店 に拠る。)

▼アメリカの共和党は、減税や「小さな政府」による規制緩和、福祉削減を主張し、金持ちに支持される政党であった。一方民主党は、大不況後にニューディール政策で仕事をつくり、労働立法を進める労働者のための政党だった。
 しかし1960年代以降、白人の高卒以下(労働者階級)は徐々に民主党から共和党に支持を鞍替えしはじめ、今回の大統領選挙では大挙してトランプに投票した。他方、大都市の高学歴の富裕層は進歩的(リベラル)な主張を好み、民主党を支持するようになっている。白人層に限るなら、共和党と民主党の支持者は大きく入れ替わったと言えるのかもしれない。
 だがトランプを大統領に選んだ選挙は、共和党内や保守的言論のあいだに戸惑いを生んだ。共和党主流を支持してきた保守的言論人や思想家たちは、トランプを大統領に押し上げた力と動きに批判的であり、トランプを「保守主義とは無縁だ」と否定する。しかし一部には、庶民を無視して自己利益を追求きたグローバル・エリート層への反撃としてトランプ現象をとらえ、「国民主権の回復」の動きだと評価する者もいるという。

▼筆者には米国人一般が持つ「考え方」に、ある種の違和感があった。もちろん米国人多数に確認したわけではないから、米国人一般が「持つとされる」と言い直した方が良いのだろうが、それは例えば次のような「考え方」の傾向だ。
 ・個人の自由や独立を尊重する
 ・連邦政府をあまり信頼せず、ややもすれば反撥する
 ・小さな政府を志向し、連邦政府の規制や福祉政策に反感を抱く―――
 こういう考え方の延長線上に、銃を所持することの弊害が大きくなっても、銃規制を「自由の侵害」として反対したり、企業や富裕層への課税に反対する議論が組み立てられる様子を、われわれは見てきた。「オバマ・ケア」の詳細を知らないのでここで論じるわけにはいかないが、国家による「国民皆保険」制度が無く、それに反対する考えがかなり強いということにも、米国人の「考え方」の傾向は見てとれる。
 要するに、「個人の自由と独立」という本来尊重されるべき観念が、度外れに強調される結果、社会の貧富の格差が広がり、社会の分断が進む現実に対し、有効な対応が不可能になっているのではないか。貧しさに耐えて勤勉に働けば成功し、子どもたちは親の世代よりも豊かな生活を送れるという「アメリカン・ドリーム」の時代は終わっているのに、イデオロギーの域にまで高められた観念が、現実を見るのを妨げているのではないか―――そんな「違和感」である。
 今回、米国の政党と支持者の関係を調べてみて、上のような米国人一般に見られる考え方の傾向は、伝統的な共和党の主張に近いと思った。それは金持ちには都合の良い考え方であっても、貧しい白人層には不利な考え方のように見えるのだが、彼らの過去の記憶と誇りが、その不都合を見えないようにしているのかもしれない。

▼トランプの勝利の原因として、彼がラストベルトの白人層の味方という姿勢をとり、働きかけたことと並んで、民主党の戦略的失敗と言える側面も指摘されている。民主党が「アイデンティティ・ポリティクス」に過度に熱をあげ、ラストベルトの人びとの心に届くメッセージを発しなかったことである。
 金成記者は『ルポ トランプ王国2』のなかで、オハイオ州マホニング郡の民主党委員長の話を載せている。トランプが大統領に就任してから半年以上たったころ、委員長はインタビューで次のようなことを語っている。
 ・民主党はまだ敗因を十分理解していない。トランプの言動のひとつひとつを非難するのをやめることが重要だ。トランプや支持者を、人種差別主義者や外国人嫌い、バカなどと侮辱すれば、彼らは二度と民主党に戻らない。有権者に響く方向性を示し、メッセージそのもので勝たないといけない。
 ・民主党は、配管工、美容師、大工、屋根ふき、タイル職人、工場労働者など両手を汚して働いている人に、敬意を伝えるべきだ。しかし民主党の姿勢には敬意が感じられない。教育プログラムを受け、学位をとり、パソコンを使う仕事をしなければダメだといった言葉に、人びとはうんざりしているのだ。
 ・民主党は、「性的少数派」の人びとが男性用、女性用どちらのトイレを使うべきか、そんな議論ばかりしているように、メディアを通じて見えた。偏見や差別に抑圧された側に立つのは、民主党の存在意義だ。しかし順番を間違えてはいけない。雇用や賃金などの労働問題が中央にあるべきなのだ。人工妊娠中絶、性的少数派の権利擁護、「ブラック・ライブズ・マター」運動など、今のリベラル派が重視する争点はどれも大切だが、メインではない。労働者の関心は、良い仕事があるか、きちんと家族を養えるか、子供に教育を与えられるか、十分な休暇をとれるか、自分の仕事に誇りをもって引退できるかであり、これらが「アイデンティティ・ポリティクス」より重要なものとして、扱われなければならない。
 ・トランプ支持は恥ずかしいことという認識は、選挙のあとでも変わらず人びとのあいだに存在する。だから世論調査の電話は、正確な声を集められなかったのだ。―――
 金成記者は委員長の話を聞き、この地方の実情の最も的確な説明だと感じた。

(つづく)

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