SSブログ

三度目の殺人2 [映画]

▼「行くなら行くで先にそう言ってほしかった」と、三隅は不満を口にした。重盛が4回目の面会をし、北海道の留萌に行ってきたことを語ったときである。重盛は、情状酌量の証人に娘さんを呼ぶかどうか検討するためだと言うと、三隅は、来ないですよ、早く死んでほしいと思っているんだから、と答え、思い出したくないこともあるんです、と吐き出すように言った。
―――自分のやったことに、ちゃんと向き合うことも必要だと思いますよ。
―――向き合う?
―――社長を殺したことは、後悔しているんですよね?
―――後悔?
―――法廷ではそんな態度はとらないでくださいね。
―――あんな奴、殺されて当然だと思っている。
―――どうして?
―――生まれてこなかった方がよかった人間、世の中にいるんですよ。
―――だからと言って、殺して済むわけではないでしょう。
―――重盛さんたちは、そうやって解決しているじゃないですか。
―――……死刑のことを言ってるの?

 重盛は学校帰りの咲江に声をかけ、神社の境内に立ち寄る。彼は自分の中に生じた得体の知れないものを、どうすれば解きほぐせるのか分からないまま、理解の糸口を見つけ出そうと苦闘していた。重盛は咲江に、三隅が死刑になった方がいいと思うか、と聞いてみた。
 思いません、と咲江ははっきり否定した。なぜ?という質問に、彼女は、自分は母とは違う、見て見ないふりをするようになりたくない、と答えた。
 押し黙った咲江に、重盛はもう一つ、彼女が三隅のアパートへ行ったことについて尋ねた。咲江はその質問に、それが聞きたかったんですかと、質問で答えた。
―――だって、普通、行かないでしょ?
―――「普通」って何ですか?

▼弁護士事務所の空気は、重く張りつめていた。咲江が来て、弁護士たちに、三隅が父親を殺したのは自分のためだ、そのことを法廷で証言したい、と言い出したからである。心のどこかで父を殺してほしいと思っていて、それが三隅さんに伝わったんです、と彼女は語った。そして、自分は14歳の時から父親にレイプされていた、と言った。
―――検察官から根掘り葉掘り聞かれて、つらいよ
―――今までの方が、誰にも話せなかった時の方がつらかった
―――でもどうして?
―――私は母のように見ないふりをしたくない

 次の面会のとき、重盛は三隅に、あの河川敷で撮った三隅と咲江の写真を見せながら、「あなたにとって咲江さんは娘の代わりだった。あなたは彼女の殺意を忖度したのだ」と言った。
 「彼女はよく嘘をつく子ですよ」と、三隅は答えた。
 「なぜあなたを救うために嘘をつくんですか?」と重盛。「もう一つ聞いていいですか。どうして被害者の社長はのこのこついていったんですか?」
 三隅は押し黙った。視線をそらし、誤魔化そうと笑ったりもしない。そして突然、「嘘だったんです。私は河川敷に行っていません。本当は殺していないです」と言った。
 重盛は困惑しながら、なんで最初から否認しなかったのかと聞いた。
―――言いましたよ、刑事にも検事にも弁護士にも。嘘つくなって、認めれば死刑にならないからって。信じてくれますか?
―――だって、今まで、さんざん……
 三隅は泣いているようだった。重盛は混乱した頭で叫んだ。
―――頼むよ、今度こそ本当のことを教えてくれよ。
―――信じてくれますか?
―――あなたは私の依頼人だから、あなたの意思を尊重します。だけど戦術的に不利ですよ。
―――戦術なんていいんだ。信じるか信じないのか聞いてるんだ。
 三隅も大声で叫んだ。

 裁判官が主催する打ち合わせの場で、被告の犯人性の否認を持ち出した重盛に、裁判官も検事も困惑しつつ、冷たい視線を向けた。そのような説得力のない急な方針転換が、どのような否定的な意味を持つのか、重盛も十分理解していた。
 判決は「死刑」だった。三隅は、控訴しないと重盛に伝えた。

▼重盛が三隅との面会に訪れる。
―――桜がね、もう咲きそうなんですよ。
―――早いですね。
―――北海道では4月の終り頃ですね。……あなたが犯行を否認した理由をずっと考えていました。咲江さんにつらい証言をさせないように、そう考えてわざと否認を?
―――それは僕への質問ですか?
―――質問に、なってないか。
―――私からも質問していいですか?あなたはそう考えたから、私の否認に乗ったのですか?
―――ええ。違うのかな?
―――でも、いい話ですよね。私はずっと、生まれてこなければよかったと思ってました。
―――なぜですか
―――私は傷つけるんです。いるだけで周りの人を。重盛さんが話されたことが本当なら、こんな私でも誰かの役に立つことができる。もし本当なら、ですけどね。
―――それは、ぼくがそう思いたいだけ、ということですか?
―――だめですよ、重盛さん。ぼくみたいな人殺しに、そんなこと期待しても……。
―――……あなたはただの器?
―――何ですか、器って?

 雲の隙間に青空が少し見える。ひと気のない交差点で空を見上げる重盛を、カメラが斜め上空から映し出し、映画は終わる。

▼監督は謎をあちこちに仕掛け、伏線を張り巡らし、そのいくつかは映画の中で解き明かされ、いくつかは謎のまま残される。
 死体の燃え跡や小鳥の墓が示す十字架の形は、何か意味があるのか。終始暗い印象の少女である咲江が、三隅の部屋を訪れたときは「明るい声で笑っていた」という大家の証言や、カナリヤを自分の手で絞め殺したらしい三隅の行動の暗示するものは何か。北海道で30年前に三隅を捕まえた刑事の受けた「空っぽの器」のような印象とは、どういうものなのか。そもそも表題とされた「三度目の殺人」という言葉自体、何を意味するのか。
 主人公の重盛弁護士は、「容疑者への理解とか共感とか、弁護するのにいらないよ」と語り、ビジネスライクに事件を処理することを信条にしていたはずなのだが、三隅の事件に関わる中で、いつしか迷宮に迷い込む。真実なんか必要ないと鼻先で笑っていた重盛が、つぎつぎに明らかになっていく不可解な事実に困惑し、本当のことを教えてくれ、と三隅に向かって叫ぶに至る。

 監督・是枝裕和は、『三度目の殺人』を初め法廷劇として脚本を書いたらしい。しかし出来上がった映画では、重盛弁護士が容疑者・三隅と面会する部屋が、法廷に代わって対決劇の主要な場となり、彼らのあいだの透明な仕切り板が二人を隔てるとともに、二人の表情を映し出す鏡ともなる。
 福山雅治、役所広司とも熱演し、その他の役者陣も良い。脚本も疑問はあるが見事である。

 筆者は、『三度目の殺人』を二度続けて観た。作品の細部がよくできているせいか、二度目も初めて見た時と同様、十分楽しめた。だが疑問は解消されなかった。監督がこの映画を新しい『藪の中』として描いたのか、それとも謎解きの回答を用意しているのかが分からない、という点である。張り巡らされた伏線が状況の説明になるとともに、いっそう混乱を広げる役目も果たしているような印象も受ける。
 「藪」をもっと刈り込んで、整理した方がよかったのではなかろうか。たとえば『三度目の殺人』という題名は、死刑制度への告発を意図しているようにも見えるが、そこまで話を拡散させてしまえば、作品として収拾させることは難しくなる。「藪の中」と話の収拾が付かなくなることは、まったく別のことがらだからである。

(この項おわり)

nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

三度目の殺人春はうっとうしい? ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。