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「靖国」を考える 5 [政治]

▼話がA級戦犯の合祀や靖国をめぐる憲法裁判の問題に拡がったので、ここで議論を中曽根首相の1985年に行った靖国神社「公式参拝」に戻したい。中曽根の公式参拝は、国内から批判の声が上がっただけでなく中国政府が強く反発し、にわかに外交問題となったと先に述べた。
 中国政府の主張は、靖国神社への「公式参拝」が日中友好の精神に背き、過去の「日本軍国主義」を肯定し、侵略戦争の認識をあいまいにする点を問題にするものだった。そして靖国神社がA級戦犯を合祀している点に批判の焦点を絞り、「公式参拝」の取りやめを正式の外交課題として取り上げるようになった。
 中曽根首相は靖国神社からA級戦犯を「分祀」することを画策し、A級戦犯の遺族が自主的に合祀の取り下げを神社に申し出るよう働きかけたが、同意が得られず、靖国神社にも「分祀」を拒否された。
 翌年8月14日、後藤田官房長官は談話を発表し、今年は首相の靖国神社公式参拝は行わないと述べた。前年の「公式参拝」の目的は、あくまで祖国や同朋のために犠牲になった戦没者一般の追悼と平和への決意であり、毎年実施するような「制度化されたもの」ではない、というのがその説明だった。そして首相の「公式参拝」が、「我が国の行為により多大の苦痛と損害を被った近隣諸国の国民の間」から、過去の「我が国の行為に責任を有するA級戦犯に対して拝礼したのではないかとの批判を生み」、平和友好関係を損なうものとなるので、中止すると述べた。つまり中国政府からの批判を全面的に中曽根政権は認め、受け入れた。
 中曽根康弘は後にこの理由について、「我国の内外の情勢を怜悧に分析した上で決断した」ことと、中曽根が親しかった「胡耀邦が私の靖国参拝で弾劾辞職させられる危険を感じたこと」をあげている。(中曽根康弘『自省録』2004年)
 中国共産党内部の保守派によってその後失脚させられる胡耀邦の立場を慮ったという「理由」は、靖国神社公式参拝という国家の問題を判断する要素としてはいかにも弱すぎ、「後付け」の理由のように見える。靖国神社の「東京裁判否定」、「大東亜戦争肯定」という立場や主張と日本の国際関係を、中曽根が首相として「怜悧に分析」した結果、国際関係を靖国神社側の独善的な歴史観の上に開くわけにはいかないと判断した、ということなのだろう。



 A級戦犯を「分祀」しようという考えは自民党の政権と党の中にあり、その後も試みられたことはある。小渕内閣の官房長官だった野中広務は、「首相をはじめすべての国民が心から慰霊できるように」するために、靖国神社に「分祀」働きかけ、やはり拒否されている。
 靖国神社は一民間の宗教施設となったことにより、総理大臣の要請を拒否する力を持つとともに、首相や天皇の「公式参拝」を要請し、その実現を働きかける勢力に支持されることで、時の政治権力を超える存在となったとも言える。戦前は事実上、陸海軍の組織の一部であり、つまり国家の一機関に過ぎなかったのだが、戦後になって憲法で護られる独立の宗教法人となることで、政府の要請に耳を貸さず、独自の歴史観を持つ自由を享受し、悲願である「公共性」の獲得にも近づきつつあるように見える。

▼筆者は「歴史認識」を、政治問題にしたり外交問題にしたりするべきではないという趣旨のことを、これまでこのブログで何回か述べた。なぜならお互いの利益のために建設的な妥協点を探るべき政治・外交問題を、「宗教戦争」のようにお互いがあとに引けない「信条」のぶつかり合う問題にすることは、なにひとつ弁明の余地のない愚かな行為であるからだ。
 しかし靖国神社の問題を考えるとき、「歴史」の問題を避けて通るわけにはいかない。というよりも、「歴史認識」や「国家観」の問題が問題のすべてであるのだから、それを論じる者は同時に自分の「歴史認識」や「国家観」を問われざるを得ないということなのだ。
 議論をここまで進めてきた以上、先の戦争や国家共同体の慰霊の問題に関する筆者自身の考えを、述べておくことにしよう。
 まず先の戦争についてだが、一言で言えば「愚かな戦争」だったということに尽きる。
 国家指導者の誰もが「主体」としての自覚を欠いたまま流されていった「政治」や「戦争指導」の面でも、兵士の生命を軽んじ、戦没兵士の6割を広義の餓死に至らしめた「戦略・戦術」の面でも、愚かという以外に形容する言葉はない。その「愚かな戦争」を兵士たちの多くは精いっぱい闘い亡くなったのであり、また「愚かな戦争」の結果、焼夷弾による空襲や原爆投下を受け、無数の「難死者」が生まれたのである。
 「愚かな戦争」の評価と、その戦争を闘い倒れた兵士たちの慰霊とを、一つの行為で行うことの困難さが、靖国神社問題の根底にある。



(つづく)


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